福祉教育を促進するソーシャルワークに関する研究

問題の所在
 これまで、福祉教育の展開は、学校教育内での社会福祉の教育や社会福祉専門教育の視点、学校教育外の生涯学習の一環としての福祉教育の視点、社会福祉協議会によるボランテイ講座や福祉講座などが注目されてきた。このような福祉教育での中心的な目的は、将来の超高齢社会をになう児童の育成や、住民による生涯学習やボランテイア活動の活性化を期待したことでもあった。  
 しかし、このような福祉教育の考え方では、地域福祉の時代に対応できるコミュニテイ意識の醸成、住民参加の意識形成や当事者活動の主体形成などの価値観の形成に対応できなくなる危惧がある。
 その理由は、第一として、既存の福祉教育が持つ社会福祉に理解の乏しい児童や住民に対して教育をするという視点への批判である。
 第二として、学校や社会福祉協議会や市民館などが一方的に教育機会を提供して、総論的な福祉観を提供してきたのではないかという反省でもある。
 第三として、多様な価値観に対応できる魅力ある学習機会が提供しにくくなっていることである。
 第四として、住民を対象とする福祉教育の具体的方法やプログラムが未確立であることである。  
 地域福祉の時代に向けて福祉教育のあり方には、社会福祉の固有な視点による地域住民と協働し、共に創り出す福祉教育観として求められている。それは、社会福祉の領域において、地域福祉の主体形成を促進する福祉教育の視点が求められていることである。具体的には、主として学校教育や専門教育での福祉教育の領域ではない、社会福祉の領域での地域住民による日常的な学習を促進するために、社会福祉の学習機会の確立及び参画の課題の検討でもある。とりわけ、地域社会が持つ生活問題を解決するために、住民が生活実感の中から学習を積み上げていくという視点及び住民相互の日常的な生活感覚を磨きあう視点に注目をしたい。  
 また、このような誰もが、あたりまえに生活を営むことが可能となる地域社会を創りだすためには、行政責任による在宅福祉サービスの拡充とあわせて、住民が身近な生活問題を解決していく相互支援活動を活性化する必要がある。そのためには住民自身の主体形成が求められる。その内容は、住民が自らの生活問題を学習し、そのうえに立って、近隣の要援護者が持つ重篤な生活・福祉の問題をも学習し、共に支え合うという意識を共有することである。その学習とあわせて社会福祉施設などでボランテイア体験を積み上げ、近隣関係の再構築による相互支援活動を豊かなものとしていく視点が重要である。このような地域社会で住民自身が問題解決の力を持つこと、要援護者自身も自己の問題を解決する力を持つように学習を支援することが福祉教育の新たな考え方として期待されている。  
 このような問題意識のもとに、社会福祉の主体形成を支援する福祉教育の促進ためには、具体的な実践に繋がるソーシャルワークの構築が求められる。しかし、医学モデルに依拠した既存のソーシャルワーク概念や方法では対応が困難となっている。  このようなことから、教育の領域での福祉教育観と峻別した社会福祉の領域での福祉教育観を確立することが必要であるとの仮説を持っている。社会福祉の領域での福祉教育は、地域福祉の時代に対応した‘住民自身が問題解決の力を持つ’‘要援護者自身も自己の問題を解決する力を持つ’ことを醸成し支援するコミュニテイ型のソーシャルワークとして構築される必要がある。そのために、岡村理論や大橋理論の検討に加えてエンパワーメント・アプローチやインターウェービング理論を足がかりとしたい。
 第1章 福祉教育への社会福祉の固有の領域からのアプローチ   
   第1節 社会福祉の固有の視点と主体形成   
   第1項 岡村重夫の社会福祉の固有性と主体形成の理論の特徴  
 岡村重夫による社会福祉の定義は『社会福祉とは、全国民が生活者としての主体的社会関係の全体的統一性を保持しながら、生活上の欲求を充足できるように、生活関連施策を利用、改善するように援助するとともに、生活関連の各制度関係者に個人の社会関係全体を理解させて、施策の変更、新設を援助する固有の共同的行為と制度である』(注1 アンダーラインは筆者)であるとしている。そのうえで、岡村は「社会生活上の基本的要求」と「その要求充足過程に含まれる〈社会関係の主体的側面〉の理論」によって社会福祉の固有性を論証し、次のように指摘する『社会福祉の固有の視点は、生活関連施策の各種の専門的分業制度と異なる立場から生活問題を理解し、これに接近することを意味すると同時に、それは生活問題当事者ないし生活者自身と同じ立場に立つということである。つまり生活問題に対する福祉的理解という点において両者は共通点をもっているのである。この共通理解を手がかりとして、社会福祉的援助は、生活問題当事者に接近し、彼自身の問題解決を援助することが可能になるのである。』(注2、アンダーラインは筆者)。このサービスを必要とする当事者が主体的に問題解決が可能となるように援助する過程こそが社会福祉の固有性であるとする。したがって、社会福祉の領域の福祉教育に求められていることは、この社会関係の主体的側面を実現するように支援し、醸成する過程にあるといえる。  
 なお、岡村理論によれば、社会福祉は、個人と社会の関係での固有の存在性をもちながら依存し合う関係にあり、この調和において成立することとなる。そのうえで、社会生活を構成しているもの自体を、人間の基本的要求と基本的社会制度と、それを関連づける社会関係としてとらえている。この社会関係の主体的側面と社会関係の客体的側面というとらえ方が独自な岡村理論の構成要件となっている。さらに、この社会関係の主体的側面への援助が岡村理論の中核をなし、この社会関係の欠落した状態を社会福祉のニードととらえている。したがって、岡村理論では、この主体性の社会福祉が生活的行為としての主体性形成に絶対的な価値を付与しており、ソーシャルワーク実践が人間を対象としている以上、社会構造上の問題であると同時に、個人の生活上の要求と個性に関わる問題を社会福祉問題としていると理解できる。したがって、岡村理論の検討から、社会福祉の領域での新しい福祉教育のあり方は、社会福祉の主体性の確立を醸成し、当事者や住民の学習を支援し、当事者や住民の生活問題を主体的に解決できるように支援することといえる。   
  第2項 大橋謙策の地域福祉の主体形成の理論の特徴  社会福祉の領域が、社会福祉施設を中心とした支援の形態から、地域を基盤とする援助へと変化する中で、「近隣関係を核とする共存のシステムの不在」という問題が出現している。大橋は『社会全体の高齢化・少子化の現象が拍車をかける新たな福祉課題の解決方法は、制度や施設の整備だけでは対応は困難である』とし、社会福祉の考え方を一般住民の理解と協力を得る必要があることを強調する。そのために、社会福祉問題を国民化、地域化することから社会福祉問題の主体形成と共有化を図る必要性をいう。なお、この地域福祉の実体概念化を考えるうえで「地域福祉の主体形成」(注3)という枠組みの重要性を指摘している。そのうえで、次の二点の課題を強調する。(ア) 入所型施設と家庭との中間領域の福祉サービスの課題である在宅福祉サービスの組織化。(イ) 国民の福祉への関心の醸成として福祉教育・ボランティア活動の促進である。次に、大橋は、『地域福祉を実体化させるサービスの変容への背景には、国民の人権感覚の豊かな発展と定着があることも見逃してはならない』(注4)とも指摘する。住民の生活感覚に「高齢社会にむけた危機意識」が醸成されつつあり、社会福祉理解が深化し主体が形成されていくことを自体を福祉教育の枠組みに求めていると理解したい。  
 これらの大橋の主張の特徴は、新しい地域福祉の時代に対応していくためには、この地域福祉の主体形成による、住民自身・当事者自身が主体となった福祉への関与なしには、地域福祉の実体化は困難であるとする。そのためにも、公的役割としての在宅福祉サービスの提供に留らず、非営利活動や当事者活動などによる在宅保健福祉サービスの組織化を図る必要性を指摘する。さらに、住民自身・当事者自身が企画し事業をおこし経営するという視点での主体形成も問われよう。このことは深く個々の住民および当事者としての価値規範に関わる部分である。このような主体形成とは、常に地域社会の中で、隣人や他人との関係の中において生活する相互の関係のあり方をいうものであり、いくら公的サービスが充実しても、地域社会での豊かな交流の形成を支援することなしには成立しないということである。このことから、社会福祉の領域での新しい福祉教育に求められる構成要件にも「地域福祉の主体形成」が重要であるといえる。   

第2節 社会福祉の領域の福祉教育の枠組み   
  第1項 大橋の福祉教育  
 福祉教育について、最近の大橋謙策は『国民の社会福祉への理解と関心を深め、ボランテイア活動などの体験を行うことを通して、国民的課題となっている高齢化社会の問題を解決などのために国民の社会福祉への参加と協働を進めることを目的に行われる教育活動』(現代福祉学レキシコン P531 1993)という。この福祉教育の考え方では、教育的な意味が強調され、国民の社会福祉への理解と関心を深めるという、教育を与える側の論理が強調され、共に学ぶという面が弱くなっている。これは、指導する側が一方的に福祉情報を児童や住民を教化・感化する視点が残ってしまうのではないかと危惧している。一方、以前の大橋は『憲法第13条、第25条などに規定された基本的人権を前提にして成り立つ平和と民主主義社会をつくり上げるために、歴史的にも、社会的にも疎外されてきた社会福祉問題を素材として学習することであり、それらとの切り結びを通して社会福祉制度・活動への関心と理解を進め、自らの人間形成を図りつつ、社会福祉サービスを受給していく人々を社会から、地域から疎外することなく、共に手を携えて豊かに生きて行く力、社会福祉問題を解決する実践力を身につけることを目的に行われる意図的な活動である』(注5、アンダーラインは筆者)と定義している。ここでは、前記の大橋の地域福祉の主体形成論とあわせ、「共に手を携えて豊かに生きて行く力、社会福祉問題を解決する実践力」を醸成する視点が強調されていた。やはり、主体性を尊重した福祉教育の理念には、この‘力’の醸成を目指し、共に学習しあう関係の形成が社会福祉の領域での福祉教育の固有性な課題として不可欠であると考える。   第2項 社会福祉の領域の福祉教育と教育の領域の福祉教育との峻別  教育の領域を背景とした福祉教育にみられる学校教育内の福祉教育の視点、学校教育外の生涯学習の一環としての福祉教育の視点、社会福祉専門教育の視点には、教育学を背景とした教育哲学、教育方法、教育実践が確立されている。この教育の領域での福祉教育はますます理論化、実践化されなければならないことは前提である。そして、この教育の領域の福祉教育と社会福祉の領域の福祉教育との連携が重要であることも当然である。  しかし、本稿が検討する社会福祉の領域の福祉教育は、社会福祉の実践現場との切磋琢磨のなかからの、独自の実践理論、実践方法を模索している段階(注6)であって、社会福祉の固有性と方法の確立を背景とした理論化が求められている。このことを追及することなく社会福祉の領域の福祉教育を論ずることは、社会福祉の曖昧さに内包されてしまうという危惧がある。社会のためになることは全て福祉であり、福祉の心を形成することを総論的にうたいあげても説得力を持たない。地域福祉の時代での社会福祉の領域の福祉教育は、岡村理論に立ち返り、福祉の現場実践を背景とした社会福祉の固有性と主体形成を参考として理論化される必要があると考えている。そのうえで、大橋の地域福祉の主体形成と福祉教育の意味をより深め理論化する作業が求められているのではないか。当然なこととして、住民との協働によることとあわせて、社会福祉の現場実践との‘きり結び’のなかからの作業でなければならない。ただ単に国民の社会福祉への理解と関心を深めるための教育活動であってはならないのである。  

第2章  社会福祉の領域の福祉教育に求められる思想と自治   
  第1項 社会福祉の領域の福祉教育への価値や思想性の内在化  
 社会福祉の領域の福祉教育には、コミュニテイの主体形成の過程が重要であること、主体形成のための価値観や思想性が重要であることがこれまでの検討で理解できよう。そして、右田紀久恵の自治型地域福祉の枠組みでは、『社会福祉の一分野というよりも、新たな社会福祉である。地域福祉を問うことは社会福祉を問うことである。中略、社会福祉の制度論と方法論統合がそこにあるがゆえに、新たな福祉としての意味があり、理論構築に値するといえる。地域福祉は、地域と生活にかかわる価値や思想性を内在させるものである』(注7、アンダーラインは筆者)とすることが参考となる。この地域と生活にかかわる価値や思想性を内在させるためには、コミュニテイの主体形成を図らなければならない。また、岡村の『生活問題当事者ないし生活者自身と同じ立場に立つということである。中略。この共通理解を手がかりとして社会福祉的援助は、生活問題当事者に接近し、彼自身の問題解決を援助することが可能になる』との指摘からは、住民自身の主体形成や当事者の主体形成の醸成を支援し、同じ立場にたって支援する過程の重要性の確認となる。このことが、一方的な上位からの福祉教育のあり方への危惧の根拠である。  
 なお、岡村の主体性の社会福祉理論では、援助者が意図的に創り出す適応過程は対象者個人の主体性の放棄を意味すると批判している。したがって、社会福祉の領域の福祉教育には、主体性の原理による豊かなパーソナリテイの展開にむけた学習機会の醸成や支援にあり、当事者自身が解決法を発見できるように主体性を醸成すべく実践される必要がある。そのうえで、相互交流的な学習関係を基礎として住民・当事者自身が主体的な解決方策や相互支援関係を見出すことが重要となる。住民と当事者自身との‘きり結び’から生じる社会関係の主体的側面の醸成という視点が、新しい社会福祉の領域での福祉教育に求められるのではないか。より説明を加えるならば、社会福祉の領域の福祉教育は、住民個人への直接の学習機会の提供を基本としつつも、住民個人の社会関係における課題に対して主体的に取り組むべき機会の提供であり、当事者の問題解決の力が醸成されるような学習の場の提供であり、家族単位での問題解決の力も高めるよう学習の場の提供であり、近隣、地域での問題解決の力を醸成するよう学習の場の提供と考えられる。これらの学習の場は、教育し合う関係であり、「共育」の場であろう。まさに、住民の自治、当事者の自治を構築するために福祉教育の役割は大きく、自治活動促進型の福祉教育としてのあり方が問われている。この自治活動促進型の福祉教育には、豊かな人権思想を背景とした価値観・思想性を確保を基本とし、一般住民を対象とした「生活学習」「福祉学習」「ボランテイア体験学習」(注8)とあわせて、「当事者の主体的な活動のための学習支援」などの展開や方法の確立が求められている。   
  第2項 コミュニテイの形成理論の検証  
 このような地域社会の主体形成を図るコミュニテイ理論の検証してみたい。例えば、英国での1973年のミッシェル・ベーリー(Bayley M)(注9)の提起したインターウェービング理論(interweaving)や‘Network of services within the community’のコミュニテイ醸成の段階理論が参考となる。それは第一段階として‘Care out of the Community’のレベルを、生活問題、福祉問題が家庭に放置され、病院や入所施設で隠蔽されていた段階であるとしている。第二の段階としての‘Care in the community’のレベルでは、生活問題、福祉問題が入所施設や在宅福祉が制度化されているが、第三の段階での‘ Care by the community’では、さらに地域社会に住む住民による、住民のための福祉活動として非制度的な側面が醸成されている状態であるとしている。この第二の段階では、地域で生活していくための条件整備、在宅福祉サービスが行政により制度化、組織化されているものの、隣近所の人達が声をかけあい、励ましあうという活動が未発達な状態をさしているようである。また、第三の段階は、地域で生活していくための条件整備、在宅福祉サービスが行政により制度化、組織化されていることは当然として、近隣の関係が成熟している状態で、声かけ、見守りの援助が地域に形成されている状態が醸成していることのようである。しかし、地域社会の主体形成を図るためには、次の‘network of services within the Community’のレベルが‘ Care by the community’のレベルへと止揚関係として到達するという視点が重要である。また、ベーリー(Bayley)は地域社会でのインフォーマルな面(住民活動主体)とフォーマルな面(行政サービス主体)と協働促進のインターウェービング理論として、重篤な福祉課題を地域社会で解決していく理論的な枠組みを示唆している。  このベーリー理論を参照した社会福祉の領域での福祉教育では、フォーマルな面のサービスを利用しやすく上手に利用できる力の学習への支援が課題となる。また、住民の相互支援型・問題解決型のインフォーマルな側面の醸成が促進できるような福祉教育の方法を具体的なソーシャルワークとして確立しなければならない課題があることが理解できよう。  

第3章  社会福祉の領域での福祉教育の主体形成理論とソーシャルワーク   
  第1項 エンパワーメントの概念  
 社会福祉の領域での福祉教育を促進するためには、主体形成の理論としてのエンパワーメント(empowerment)の概念が参考となる。このエンパワーメント概念は、1976年に米国でソロモン(Solomom,B,B)によってソーシャルワーク実践の目的概念に組み入れられたことが有名である(注10)。その後、ケースマネージメントの過程での要援護者の自立助長の課題に対するエンパワーメント・アプローチとして再登場し、女性問題、民族問題などでも注目されてきている概念である。  基本的に‘empowerment’でいう‘power’とは、社会資源やサービス受給機会への達成のための主体形成のための力であり、生活の主体形成力と考えられよう。‘empowerment’でいう‘em’とは、入り込むこと、同じ立場に立つという意味があるとされている。したがって、エンパワ-メント・アプローチの特徴は、専門家による「力を付与すること」を越えるということを意味する。これまでいわれてきた‘enabler’概念(対象者が自ら目的を達成するための行動をなしうるように援助する人)を越えなくてはならない。このことは、エンパワ-メントの概念の成立にあたって、セツルメント(settlement)運動の影響があるといわれているが、スラム地域へsettle(住込む)という行為は、助ける側と助けられる側という関係性を越えて、地域社会の一員としてソーシャルワーク実践がおこなわれることであった。したがって、社会福祉の領域では、エンパワーメント・アプローチでは、援助過程が「専門家」主義にのみ陥らないこと、援助過程にレイマン(素人)の主体的参加を促進する援助観へと変化することを求めている。  
 次に、エンパワーメントの概念には、直接援助過程での‘advocacy and empowerment’の視点の確立と間接援助過程での‘ involvement and empowerment’の視点の展開の二面性がある(注11)。直接援助過程では、要援護者が主体的に福祉課題を解決できるように条件整備し、問題解決できるように学習を援助し、必要とされるサービスを提供・開発する過程において、主体形成や権利擁護を意識したソーシャルワークが重要となっている。間接援助過程では、地域社会が自らの問題を主体的に解決できるように市民を主体的に巻き込み、市民自身及び近隣での問題解決の力を醸成していくことを社会福祉の学習活動やボランテイア体験学習を通して醸成するという視点が重要である。このような要援護者や地域社会の主体形成のためには、要援護者や市民を教育するという視点ではなく、生活場面における体験や相互交流を核とした生活感覚や福祉感覚を磨くという視点を意識した福祉教育の実践として期待されている。  
 このような要援護者のエンパワーメントが重要視されている背景には、新たな地域福祉の領域の拡大と進展があり、地域福祉は地域と生活にかかわる価値や思想性を内在化させてきたことである。また、国民の人権感覚の豊かな醸成と定着が地域福祉の実体化の背景にある。このような地域福祉における自治及び思想性の発展と在宅福祉サービスの拡大は、これまでの社会福祉の援助技術の根底を見直す課題を創出している。それは、援助者と要援護者との関係が一方的な関係から相方向的な関係となっていること。社会福祉専門職の業務に参加性、協働性、地域性が求められ、その活動拠点が機関内、施設内、病院内の活動から地域をフィールドとした活動となっていることが揚げられよう。そのような新しい援助過程では参加性(participatory approach)(注12)を志向した援助活動が注目され、追究されていると考えられる。  
 このエンパワーメントの概念を『要援護の状態にある人々に対して、ただ単に専門家によって力を付与し、サービスの提供することではなく、社会福祉サービスの主体的な利用者として自ら問題を解決できるように、また、市民権を含めた主体的利用力を醸成できるように支援することを目指した過程である。そして、多領域(保健、医療、福祉、教育など)にわたって構造的な問題を抱える人々への援助過程において、ソーシャルワーカーによる一方的な援助だけではなく、要援護者が自立過程に主体的に参加( participation)し、相方向的な援助関係として豊かなものにする必要がある。また、援助過程において地域住民を巻き込む(involvement)などのより豊かな相互関係(mutuality)のもとにその提供方法を吟味し、サービスを提供していくという価値規範をふまえた援助のあり方(思想)の一つである』と定義したい(注13)。   
  第2項 エンパワーメント・アプローチによる福祉教育  この概念を踏まえたうえでの社会福祉の領域での福祉教育とは、『日常的な生活課題や福祉課題などについて、個人レベル、家族レベル、地域レベルでの生活・福祉課題の解決力を醸成していくための主体的な学習活動である。ここでは、共生の思想と社会的に疎外されることが多い社会福祉問題との結節が重要である。具体的には、第一に、地域問題、家庭問題などの解決を個人レベル・家族レベルでの学習の促進である。次には、地域レベルの社会的な活動の促進としての意図的な参加と協働の過程の醸成である。その基本を成す自治の概念(住民自治・当事者自治)の拡大が重要である。』といえる(注14)。その構造としては、前記したとおり、一般住民を対象とした自治活動の促進を柱とした「生活学習」「福祉学習」「ボランテイア体験学習」と、当事者の主体的な活動(当事者自治)のための学習への支援である。  
 このように、要援護者のエンパワーメント・アプローチと社会福祉の領域での福祉教育の内容は、学校教育、学校外教育として取り組まれてきた福祉教育とは異なる性格を持っている。したがって、エンパワーメントの概念やインターウェービング理論の視点として新たに社会福祉理論を確立することが課題となっている。まさに、地域福祉の新しい展開は、住民自身の生活感覚の醸成、福祉感覚の醸成を基盤とした住民の自治感覚の醸成が基本となる。また、公的責任による制度的な在宅福祉サービスの在り方と住民責任による非制度的な日常的相互支援活動の在り方の結節点へと導く道程は、新たな地域福祉を志向した市民自治の確立の課題である。なお、地域社会での在宅福祉サービスの展開が進めば、サービスが具体化し、身近な場面で利用されればされるほど、住民自身は、サービスの受給関係において福祉感覚が醸成され、自治感覚が養われる。このことを通してコミュニテイへの福祉学習の内部化、深化となると考えられる。このことはコミュニテイ自体の主体形成であり、コミュニテイにおける制度的、非制度的相互支援活動の内在化現象である。この主体形成を確保し、共生するための思想性及び自治性の獲得が社会福祉の学習活動にとって重要であることを強調したい。   
  第3項 社会福祉の領域の福祉教育を促進するソーシャルワークの展望  『ソーシャルワーク実践の主要な目的の一つが、社会的に不利で抑圧されている人々にパワーを与えることであり、このエンパワ-メントはソーシャルワーク実践において最も価値のある目標のひとつとして高い評価を得ている』(注15)との指摘がある。この指摘からも、社会福祉の領域で求められる福祉教育を促進するソーシャルワークのあり方の一つとして、当事者主体、住民主体、自主管理によるサービスの利用力を醸成し、サービス供給過程へも当事者・住民が参画することが求められることになる。このことは、地域福祉の進展とノーマライゼーション思想の浸透によって、社会福祉の援助関係において、明確な与える側、受ける側という関係だけではソーシャルワークは成立しえないという背景がある。  岡村、大橋の両主体形成の理論をふまえた検討結果からいえることは、新たな社会福祉の領域での福祉教育は、個人・家族のレベルでの主体形成を促進するものであり、当事者の活動の主体形成を促進するものであり、地域住民の主体形成を促進するものである。その主体形成の目的は、地域社会での生活問題・福祉問題の解決力の醸成にある。それらを支援する福祉教育のあり方が「主体形成を志向したソーシャルワーク」として考えていく必要性であるといえる。その根底では、社会福祉現場実践の側からも要請されるあり方が基本である。  
 なお、社会福祉の領域の福祉教育を促進するソーシャルワークの考え方は、英国の動向が参考となる。協働的アプローチ(A collaborative approach)(Peter Beresfordの研究)が重要と考えられる。このアプローチには‘networking’‘ empowerment’を要素としてコミュニテイケアに求めている。ベレスフォードは‘networking and care management’(対人レベルのサービスのネットワーク形成とケアマネージメント)及び‘involvement and empowerment’(地域レベルでの住民の巻き込みと福祉力の醸成)の重要性を指摘している(注16)。なお、前出した参加性アプローチ(participatory approach)にも見られる一方的な教育観から、相方向的な学習観の脱皮の必要性も重要である、これらをふまえた英国での、新しいソーシャルワーク理論の動向(注17)が本稿での課題を検討する上でも参考となっている。  残された課題  小川利夫による『福祉と教育、あるいは教育と福祉の関連をめぐる問題は、すでに古くして新しい歴史的課題である』(注18)という指摘は、今日の社会福祉の展開を考える上で改めて示唆するところは大きい。なお、小川は『岡村重夫福祉教育「三段階」論の意義と限界』において、岡村福祉教育の「三段階」論を批判し、岡村の社会福祉理論について『多分に福祉国家論的な楽天主義にもとづく現象の指摘はみられるが、体制的な分析は皆無に近い』(注19)とも批判をしている。この批判の前後の文脈を検討することは本稿の主旨ではない。しかし、岡村理論については、社会福祉の領域から福祉教育を考えるうえでの関門であり、本稿では、岡村の社会福祉固有性・主体形成理論についてはこれに依拠し論を進めた。  松下圭一は、社会教育行政の問題性を指摘するなかで『市民文化活動は、行政としての社会教育行政から解放されている。それこそ、行政以前の自立した市民文化活動なのである。〈模索・たのしみ・創造〉としての市民文化活動が多様化・高度化するなかで、社会教育行政は終焉する』(注20)としている。このことの今日的な意味を改めて吟味する必要がある。また、この松下の市民文化活動の醸成の必要性と社会教育行政の終焉という問題意識から、社会福祉教育のあり方を検討することなく社会福祉教育が総論的に論じられているとの危惧が本稿につながっている。なお、日本社会教育学会の小川剛による『ボランテイア・ネットワーキングは、ともすれば「官僚制」化により悪化する事態への解毒剤となり、また市民固有の論理による活動をより活発化するからである』(注21)は、社会福祉の領域で安易なボランテイア活動論がみられることへの警鐘となると考えている。  社会福祉の領域は、重い現場実践に支えられつつ、その現場実践との関係が曖昧な社会福祉の方法論にしか依拠できなかった。そのようななかで、社会福祉問題が国民的な共感となり、自立した生活の維持・継続が困難な者を排除しない地域社会の形成には、大橋が指摘する『社会福祉問題は決して一部の特定の人の問題ではなく、全ての国民的な課題であり、その解決のためには専門家のみならず地域で地域住民の参加の下でしか解決できないところにきている』(注22)が必要である。まさに、既存の福祉教育のあり方は、地域生活における「住民の自治と統治 (citizen control)」「当事者の自治」(注23)によって問われているのである。  このような検討から、重篤な生活のハンディキャップを持つ者を排除しない地域社会の構築には、形式的・総論的な福祉教育論では対応できないことは明らかである。そのための展望として、社会福祉問題の現場実践と社会福祉理論の‘きり結び’研究の成果を期待したい。そして、社会福祉の固有な領域からの参画が必要である。それらのうえ立った学際的な実践と研究の確立が求められている。本稿がその一助となることを願っている。